• レポート

東京都大田区|「ちょっとおかしい」を見逃さない!~TOP-Qで始まる認知症早期対応・東京都大田区大森における取り組み~

取材:2025年9月3日(東京都大田区内「くどうちあき脳神経外科クリニック」)

急速な高齢化の進展の中、認知症高齢者が増加し続けています。認知症の早期発見・早期対応が求められていますが、認知症が疑われるご本人が自ら医療機関を受診するケースはまだ少なく、適切な治療やサポートを提供する上での大きな課題となっています。
そうした中、東京都大田区の大森医師会などは2015年から認知症簡易スクリーニングツールTOP-Q(トップキュー;Tokyo Primary Questionnaires for Dementia、以下TOP-Q)1)を用いた認知症地域連携システムをスタートさせ、認知症やMCIの早期発見・早期受診に成果を上げています。TOP-Qの開発者であり、認知症地域連携を主導してきた工藤千秋先生(くどうちあき脳神経外科クリニック院長、大森医師会理事)にTOP-Q開発のきっかけと成果についてお伺いしました。

※    TOP-Qはガイドラインなどで定められた認知症やMCIを診断するツールではありません。

工藤千秋先生顔写真2

工藤 千秋 先生
医療法人社団くどうちあき脳神経外科クリニック院長
大森医師会理事(地域医療担当)

TOP-Qはどのような経緯で開発されたのですか?

認知症、MCI(軽度認知障害;Mild Cognitive Impairment)の早期発見・早期対応が強く求められるようになっています。
一方でこれまでの認知症を検査する評価スケールは、評価に習熟した医療関係者が必要であったり、確認項目が多く短時間での実施が難しいなど、機動的な認知症チェックを阻む様々な課題がありました。そのため、かかりつけ医などが日常診療で実施することが難しく、認知症やMCIの早期段階での発見機会を逸してしまう傾向を感じていました。
また、認知症疑いのある方が認知症検査を嫌がり、なかなか受診しないことも認知症やMCIの早期発見・早期対応を目指す上での大きな課題となっていました。
このような現状を改善するために2014年に私が所属する大森医師会を中心に開発したのが「東京都大森医師会認知症簡易スクリーニング法TOP-Q(Tokyo Omori Primary Questionnaire for Dementia)」1)です。 

TOP-Qはどのような特徴を持ったツールなのでしょうか?

TOP-Qではこれまでの認知症検査ツールの課題を踏まえ、実施する人の負担が少なく23分の自然な日常会話の中で実施でき、対象者の拒否感が生じにくい内容に作り上げている点が特徴です。

内容は1に示したように、「時事計算・誕生日記憶」に関する質問と、ハンドサインによる「キツネ・ハトの模倣テスト」で構成されています。わずか3項目の「できる」「できない」を03点満点で確認する、医師でなくても誰でも簡単に実施可能な内容です。

また簡易な内容でありながらも、医学的なエビデンスも報告されました。2014年の大田区の高齢者2,105例の検討では、2点以上(3項目中2つ以上できなかった場合)をカットオフとしたところ、MMSEにおける認知症疑い該当の対象者を、感度0.95、特異度0.86、判別率0.93で判別できていました1)

自然な会話の中で実施できることのもう一つのメリットが、対象となる方の「認知症検査」に対する不快感や拒否感を引き起こさない点です。

例えば「時事計算・誕生日記憶」の確認は、かかりつけ医であれば「○○さん、50年前の△△(イベント)の時はお幾つだったんですか?」、息子さんであれば「俺が生まれた50年前は親父、何歳だっけ?」、「娘の●●が中学生になる5年後は何歳になる?」など、自然な会話の中にTOP-Qの質問を組み込めます。また、ハンドサインの模倣テストも、「この手先の運動が健康に良いんだって。お父さん、これできる?」など、自然な会話の中で「できる」「できない」を確認することができます。

 

【図1TOP-Qのスクリーニング項目と評価方法

大森医師会ホームページ. 認知症対策, 認知症TOP-Q連携診療情報提供書, 医師(PDF)
(https://www.omori-med.or.jp/files/pdf/ninchisho/top-q-ver9-01.pdf)より抜粋

自然な会話のなかで計算能力・記憶力をみる「時事計算・誕生日記憶」、運動・視空間認識能力をみる「キツネの模倣」「ハトの模倣」の3項目で構成。それぞれの正解を0点、不正解を1点とし、その合計点03点(3点満点)で評価する誰でも実施可能な簡易な設計となっている。

【図1】TOP-Qのスクリーニング項目と評価方法

大森地域の認知症TOP-Q連携はどのようなものなのでしょうか?

大森地域の関係者団体、大森三師会(医師会、歯科医師会、薬剤師会)では、前述の認知症疑いの判別精度の確認を経て、2015年からは「認知症TOP-Q連携」をスタートさせています。TOP-Qの結果を関係者間で情報共有し、認知症などの確定診断などにつなげる仕組みです。

連携のスタートとなるTOP-Qを実施するのは、歯科医師や薬剤師に加え、訪問看護師、ケアマネジャー、ヘルパーなどご本人にかかわる様々な専門職など。連携シート(2)に、TOP-Qの点数と気になる症状などを記入し、まずはかかりつけ医の先生に情報共有。かかりつけ医の先生が必要に応じて、認知症サポート医や一次医療機関に紹介、さらに精査の必要があれば認知症診療の専門性の高い二次医療機関、三次医療機関に紹介してもらい、認知症やMCIの確認、確定診断につなげてもらうシステムです(3)。

「認知症TOP-Q連携」では、この10年間に約250人の紹介があり、最終的には、専門医のもとで精密検査を受けたのち、78%が認知症、15%程度の方がMCIと診断されました。このように、これまでのやり方では見つけ出せていなかったかもしれない認知症やMCIの方々を発見し、医療や必要な対応につなげられた実績が出てきています。

 

 【図2】大森地域の認知症TOP-Q連携シート

大森医師会ホームページ. 認知症対策, 認知症TOP-Q連携診療情報提供書, 医師会用(PDF

https://www.omori-med.or.jp/files/pdf/ninchisho/top-q-ver9-01.pdf



【図2】大森地域の認知症TOP-Q連携シート

 

 【図3】大森3師会における認知症TOP-Q連携パスのイメージ
 工藤千秋 先生ご提供 



【図3】大森3師会における認知症TOP-Q連携パスのイメージ

TOP-Qは実際にどのように活用されているのでしょうか?

大森地域の「認知症TOP-Q連携」では、非常に印象的だったケースがありました。

私が地域の小学校で認知症に関する講演させていただいた時に、「皆さんのおじいちゃん、おばあちゃんが認知症になって、あなたのお名前を忘れてしまって、お小遣いももらえなくなったら困るでしょ。おうちに帰って試してみてください」とTOP-Qを紹介しました。そしたら、本当にある子が家でやってみて、「おばあちゃんが先生のやっていた手のポーズをできなかった」とご両親に伝え、医療機関を受診。検査を通して実際に認知症と診断されたケースがありました。

「誰でもできる」を目指して開発したツールですが、子どもであっても日常の自然なたわいのない会話の中で、認知症の可能性があるご家族を見つけることができた。これは本当に素晴らしいことだと思います。

また、TOP-Qで気になる結果が出た後の受診の声かけの方法も大切です。認知症やMCIの方は、ご自身で専門医へ受診してくる方や、自治体の「認知症検診」に積極的に参加する方ばかりではありません。「検査受診」への拒否感を引き起こさないように、「首より上の健康診断はしたことないから、今度、一緒にやってみようよ」など、認知症や“検査”、“診断”等の言葉を使わずに自然な声かけをすることが、受診につなげる上で有効です。

誰でもいつでも簡単にできることがTOP-Qの大きな利点です。地域の関係者やご家族など、そうした多くの人の気づきの力をお借りすることで、これまでであればそのまま認知症に落ち込んでいたかもしれない人を早期に見つけ出し、治療や必要な対応につなげられる可能性があるツールだと自負しています。

 

 

 【図4】大森3師会によるTOP-Q説明会の様子
 大森3師会では、TOP-Qの理解と活用促進に向けた説明会などを開催するとともに実臨床におけるエビデンスの確認のプロジェクトを進めている。



【図4】大森3師会によるTOP-Q研修

認知症の早期発見・診療に携わる方へのメッセージをお願いします

『認知症疾患ガイドライン2017』では、MCIの段階であれば年1641%の方が認知機能正常域に戻る可能性があることが示されています2)。さらにアルツハイマー病による軽度認知障害及び軽度の認知症の進行抑制を対象とした新たな治療薬も登場しました。

我々が持つ、認知症の前段階にある方への対応手段が広がった今だからこそ、より一層、早期対応のゴールデンタイムを逃すことがあってはならない。認知症の疑いがある人を早期診断・治療につなげる仕組みが不可欠と考えています。

そのためにも、どこでも活用可能なTOP-Qの自治体の検診事業などでの活用ももっと広がってもらいたいのですが、社会全体で言うと、TOP-Q活用の前提でもある「認知症やMCIを確認してみる雰囲気」が広がることが重要と捉えています。

私自身は「ちょっとおかしいMCI」というキャッチフレーズで、ご家族や身近な方に認知機能にかかわる「ちょっと気になるエピソード」があったら、すぐに認知症やMCIの確認をしてみよう、ということを呼びかけています。

さらに、早期対応のゴールデンタイムを逸しないためには医療側の姿勢も大切です。かかりつけ医や一次医療の場でもMMSEに加えて、認知症やMCIを疑うエピソードやご家族からの訴えがあれば、すぐに専門医療機関に紹介して精査してもらう、そうした積極的な連携が重要ではないかと考えています。

医療関係者だけでなく、在宅介護を担う専門職、ご家族の方が感じたちょっとした違和感からスムーズに専門医療機関での確認につなげられる、そうした仕組みを構築できれば、早期対応のゴールデンタイムを逸しない認知症、MCIの早期発見・早期対応が実現できるのではないかと考えています。

参考文献一覧
1)工藤千秋, 他. 老年精神医誌. 2015; 26: 909-917.
【試験概要】
対象:2014年7~9月に東京都大田区三医師会(大森、田園調布、蒲田)に所属する53の医療機関で区の特定健診および長寿健診を受診した50歳以上の2,105例
方法:TOP-QおよびMMSEの評価を実施し、MMSE得点を指標にした「認知症疑い(軽度認知症相当以上=MMSE23点以下)」群について、ROC曲線から推定されたTOP-Q得点のカットオフ値による感度・特異度の算出を行った。
2)CQ4B-2, 第4章経過と治療. 日本神経学会 編. 認知症疾患診療ガイドライン2017. 医学書院, 東京, 2017. P147.
 

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